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「昔の女。」(笑)(過去の自己との対話にも挑戦だ!)

 人間ね、時には過去を振り返る事も大事かと思えるんですよ。
 お年寄りには振り返る事ができる過去が多いけど、これはある意味、宝物かも知れないな、とも考える事があります。
 私は近所のおばあさん達とネコ友達であり、ネコについて色々と情報交換する事も多いのですよ。
 ま、そのついでに昔話に付き合う事もままあるわけでして。
 傍らでは子猫がおとなしく耳を傾けているような風情だったりします。(お年寄りに飼われるとネコも穏やかな性格になるみたい。そもそもネコという生き物はにぎやかな子供より物静かな大人を好むものですが)

 で、絵についても、過去の自分との対話は必要かなぁ、と。
 私は「はりま屋」さんというユーザーさんのオリジナルキャラである「ナギちゃん」という女の子が好きだったりしますが(意外にも元気娘系も大好きなんすよオイラ)、うちのオリキャラにも似たような子が居るんですな。

 で、ファイルを整理してたら偶々昔の絵が見つかったんですが、これが今のキャラより「ナギちゃん」に似ていた、というわけです。(まだ私が今よりずっと元気だった頃の絵だけど、「はりま屋」さんは半病人みたいな今の私よりずっと元気な人に違いない。最近の私はひねくれた女ばかり描くようになりました・・・)
 で、古きを温めて・・・というのでもないけど、ちょっと面白く思ったのでUPしてみたんですよ。
 タイトルは「昔の女」(笑)。この響きに反応したのが、やはり日頃から懇意にしていただいている「tajimanokami」さん。ベテランだけにうちの子よりさらに10年も前の絵を上げて即応してくれました。
 
 負けじと「はりま屋」さんも呼応し、「tajimanokami」さんにネタを振られた「いっとうさい」さんまで同様の絵で対応、別に企画でもないのにちょっとした催しみたいになりました。
 
 「もういっその事企画にしてしまえ」という事で、後付けだけど企画にしました(笑

(よく思い返してみれば、↑この絵はこのブログで以前扱ってますな。すっかり忘れてたよ)
http://hillmama.blog37.fc2.com/blog-entry-62.html
(ナギちゃんだけでなく、他の誰かにも似てるなぁ・・・と思ったらFFⅦのユフィでした。時代的に影響受けるのもごく自然かと。この当時はヒロスエっぽいのが流行ってたような・・・写真はアドベントチルドレンだけど)
ユフィ:FFⅦAC

 考えてみれば、現実に付き合う女性というのも、年齢によって変わっていくものかも知れないな。
 ユングによると、男性が自身の中の女性原理というものを現実の女性に投影する事から(当然、逆の事が女性にも言える)恋が始まるそうです。
 年月が過ぎ、互いに自分の理想の異性像と現実の恋人の姿とのギャップに気づき、そこで恋が本物の愛に成長するか、それとも別れてしまうかの境目が訪れるのだとか。どちらを選ぶ者が人間として成長するかは言うまでもないですね。
 つまり現実の恋というのも、意外にもフィクション(=理想の異性像)から始まる、と言えなくも無いのですね。
 が、作家の創造物である登場人物も、現実の人間と同じく、やはり成長するのです。

 フィクション、創造物である物語の登場人物は作家の分身であり、その創造物である女性キャラに恋をするのは最大最悪の近親相姦である、とユイスマンスも「彼方」で書いていますが、そもそも自分の嫌いな人物をわざわざ創造する作家もいないのですよ(笑 恋愛したいような異性を妄想するから魅力的な人物が創造できるわけで。
(ユイスマンスは同時代の特異な才能であるヴィリエ・ド・リラダン・・・「未来のイヴ」の作家・・・を最初に評価した一人)
 もっとも、必ずしもこの限りではなく、(特に悪役を創造する場合などは)むしろ自分が大嫌いな人物をモデルにする事もあり得ます。(ドストエフスキーがツルゲーネフをモデルにした登場人物って誰だっけ?ツルゲーネフが嫌いだったには違いないらしい。これはこれでオナニーだね)
ジョリス=カルル・ユイスマンスイワン・セルゲーエヴィチ・ツルゲーネフ(左、ユイスマンス。右、ツルゲーネフ)
 ですが現実の人物をモデルにしているのですから、これは創造物としては「純度」が低いと言わざるを得ないでしょう。
 自分の中の理想の異性像の方がよほど純度は高いのです。何しろ特にモデルは要らないわけですから。
(現実に居るグラビアアイドルをモデルにする事はあっても、その女性の性格・・・本性については何も知らない事が多いでしょ?ユング派の心理療法家だった河合隼雄さんは「没個性であればあるほどアイドルに向いている。それだけ多くの男性が自分の理想の恋人像を押し付ける事ができるから」と言ってました。道理でアイドルにはお人形みたいな女の子が多いはずだ)
 ・・・結局は創作行為ってオナニーじゃん(笑
 でもねぇ、その作家がどういう女性像を好むか・得意とするかで、その作家の人格の知られざる一面が垣間見えて面白いのですよ。
 これはまた、その作家が年齢を経る事で変化もします。個性的になります。異性像も作家と一緒に成長するのですね。
(同じマンガが長期連載されると初期と後期ではキャラの顔が変わるのは有名な話。技術的な問題もあるけど、これは作家の人間的成長とも無縁ではあるまい)
 また、これは異性キャラに限った事ではないですが、どれだけ多様な人格を造形できるか、というのも作家の技量・・・というか人間洞察(または自己洞察=内省)の深さ・人間的な器の大きさ、言い換えると人間的成長の度合い・・・に関わると思います。

 純然たる創造物である異性キャラと現実の人間が全く無関係かというと実はそうでもなく、男性作家が生み出した女性キャラは恋人や嫁にどことなく似ている事もシバシバです。というかほとんどそうかな。
(現実の人物をまんまモロパクリするのではなく、一度「親密な人間関係」というフィルターを通しているところが決定的な違いです)
 一人の人間と長く付き合っていると、当初見えなかった部分も少しずつ知る事になりますね。それだけ一人の人間を多面的に見る事になるのですよ。
 あるフランスの小説家(だったと思う。間違えてたらゴメン)が言うには、「多くの女と付き合うより、一人の女と長く付き合う方がより多く女というものを知る事ができる」のだそうな。どんな人間関係でも始めは皆「ネコを被っている」のだから、長く付き合い続ければそれだけ多くを知る事になる。
 (もちろん人間関係がリセットされれば、また新しい人間関係を一からやり始める事になる。女性遍歴の激しい男に人間の薄っぺらい輩が多いのもそういう理由からでしょう)
 これも異性に限らず、人間全般に言える事かと思う。人物造形の奥の深さ・幅の広さも「年の功」なんですね。
 こういう過程を経た人物造形は、外面的な特徴をそのまま引き写してモデルにするのとは明らかに違う。
 作家からも能動的に立ち回り、刺激を与え、そうやったのちに外界から取り込んだ栄養分を作家の内面で熟成させたもの、つまりは創造行為と考えて差し支えないかと思う。

 人間関係とは良くも悪くもお互いに影響を与え合う関係なんですけど、作家の中の「女性」がどれだけ恋人や嫁に影響を与えたのか、逆に現実の女性がどれだけ作家の人格に影響を与えたのか。観察し考察してみるのも一興よのう。

 ・・・意外に大変なんだなぁ、萌え系ハーレムマンガって(笑
1_20080301141220.jpg

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